なぜ、立ちふさがるのだろう。
 イズサミは目の前に迫る少女の顔を眺めながら、眉間にしわを寄せた。相手方もまた同じような顔つきでいて、イズサミの瞳――ではなく額のあたりを、半ば睨むようにして見つめている。少し背伸びをされているせいで、顔と顔の距離がかなり近い。髪に何かついているのだろうかと、手で確かめるなりしたかったのだが、あいにくカヤナの両手がイズサミの肩の上に載っており、下手に動きを取ると彼女の機嫌を損ねるような気がして(こういった気遣いをするたびに力関係におけるカヤナの優位性を感じるのだった)、イズサミはそのまま微動だにすることができなかった。
 二人とも、草むらの中に佇んでいる。はたからすればかなり滑稽か、あるいは極端にいちゃついている男女にしか見えないだろうが、幸い、ここは滅多に来訪者のいない丘の上なので、人々の噂の種になる心配はない。
 カヤナはしばらく同じ姿勢を崩さずにいたが、疲れてきたのか息をついて踵を下ろした。

「……気に食わんな」

 ぼそりと、怪訝そうにそんなことを呟く。イズサミは首をかしげた。

「何が?」
「お前、いつの間に背が高くなっている」

 イズサミは心の中で仰天した。男が女よりも身長が伸びることすら気に入らないというのだろうか、彼女は。
 カヤナはむすりとしてその場に座り込み、眼下に広がる遠くの町の風景を見つめた。青い空に白い雲がまばらに見える、晴れやかで心地よい気候だ。さきほどまで「天気がいい日は気分が良いな」などと嬉しそうに言っていたくせに、急にイズサミとの身長差を意識したことで、この日一日のさわやかな気持ちを無下にしてしまおうというのだろうか。彼女は一度落ち込んだり悩んだりすると長いのだ。
 イズサミはカヤナの右隣に腰を下ろし、地面に置かれている彼女の右手をそっと自分の左手で包んだ。

「もし、カヤナよりボクの方がいつまでも小さかったら、ボクけっこう悲しいな……」
「それに、お前の方が身体が大きくなった」

 えらく不機嫌そうに言う。彼女の負けん気が強いところは嫌いではないが、このままでは理不尽という言葉が当てはまることになるだろう。

「それはそうでしょ。だってボク男だもの」
「そう、お前は男だ。だから、いずれ、お前の方が強くなるんだ。筋力も、体力も、私を追い越してしまうんだ」
「それはないような気がするけど」
「男はずるい」

 理不尽だ。

「私だってもっと強くなりたいのに、性別のせいで差が出るなんて……」

 唇をとがらせている恋人の横顔を見つめ、イズサミは溜息をついた。

「あのねえ……」
「私も男に生まれたらよかった」
「本当にそう思ってるの?」

 カヤナの言葉に苛立ち、イズサミはすかさず訊いた――上目づかいでちらりとこちらを見てくる彼女にきゅんとした感情も抱きつつ。

「もしカヤナが男だったら、ボクはカヤナのことを好きになれなかったよ? 恋人同士にもなれなかったんだ」

 それでもいいの?と問うと、カヤナはしばし沈黙して前方を見つめていたが、そのうちイズサミの肩に寄り添い、包まれている手を握り返してきた。何か言おうとしているのではないかと辛抱強く待っていたものの、そのまま彼女は喋らず、イズサミの手をもてあそんだり、甘えるように肩に頬を寄せて無意味にぐりぐりしてきたりするだけで、なるほどつまり今回ばかりは自分の方が一枚上手だったのだろうと、イズサミは可愛らしい恋人の仕草に心ときめかせながら、日が暮れるまで嬉々としていた。